子どもたちの感想

東日本大震災の際、山岳少数民族の村にもその知らせが届くと、お金がない中、村人や子ども達が大切なお米やニワトリなどの財産を寄付してくれました。その様子を紹介すると、こんな感想が寄せられました。

◆ 福井県鯖江市立河和田小学校5年生

福井県鯖江市立河和田小学校5年生

僕は、ベトナムの子どもたちが、せいぜい食べていける命のお米を、自分たちがぎせいになってまで、日本を助けてくれたという話を聞いて、正直泣きそうになりました。だからこれからもずっと、そういう助け合いが続くと、とてもいいと思ったし、そんな世界になると、もっといい世の中になるんじゃないかと、心から強く思いました。


◆ 福井県坂井市立丸岡中学校 O・Yさん

ベトナムはそんなに豊かな国ではないのに、日本国民のために朝ごはんを抜いたり、お菓子を我慢して募金をしてくれているなんて本当に優しい人たちだなと思います。国の貧富とかそんなことよりも、心の中にある優しさや思いやりが大切です。私もベトナムのみなさんを見習っていきたいです。

静岡英和女学院高等学校はタイボランティアツアーで、村でホームスティし、カレン族の子供たちと交流をしました。自然と共生する生活、助け合って生きるカレン族の人を見て、高校生は多くのことを学んでいますその後の人生を大きく左右させる程、印象的で感動的な旅となりました。

◆ 村松 彩野さん (静岡英和女学院高等学校卒業生)

向こうの校長先生が私たちを歓迎してくれ、たくさんの食事をごちそうになり帰ろうとした時のことです。私たちが残してしまった食事をティンやその仲間が食べていたのです。私はそれを見た瞬間、涙がとまりませんでした。日本では食べ残すという事に何の抵抗もなく、一日どれだけの残飯がでるでしょうか…限られた水と食糧の中で暮らす人々は、日本には無い、本物の生きる力があると思います。

◆ 森田 真菜さん(静岡英和女学院高等学校卒業生)

自然と共に生きているカレン族の人達にとっては、森は大切な友達であり、時には森を助けたりするなどして、森と人がひとつになっていることがわかりました。またカレン族の文化や伝統はとても大事に受け継がれていて、知恵のある生活を続けていました。それに比べ私は、日本人を続けているにもかかわらず、日本の伝統や文化を知らず、質問されてもはっきり返事ができずとても情けなくなりました。カレン族の人達は、自分の村に誇りを持ち、自分にも誇りを持ち、とても生き生きとした姿に心を打たれました。

◆ 矢澤 杏咲さん(静岡英和女学院高等学校卒業生)

どんなに生活が貧しくても、また裕福であっても、感じ方は人それぞれですが、今回タイに行って思ったことは、タイという国、特にカレン族の人達の生活の中には、愛が溢れているということです。どんなに貧しい生活をしていても、村の中にはいつも笑顔の村人が沢山いるのです。少数民族だからこそ、互いに助け合って、隣近所の人と家族のように仲良くなれるのだと思いました。

◆ 境田 紘子さん(静岡英和女学院高等学校卒業生)

自給自足での生活の中、電気をあまり使わない、物を大切に何度も使うカレン族の生活ぶりは、今の日本に何かを呼びかけている様です。子どもたちが遊ぶテビレゲーム、パソコン、携帯電話。「本当に必要ですか?」「何のために」「楽しいから?」「それで?」是非聞いてみたい気分になりました。かつて私がそうだったように、何だかばからしくてなりません。日本に帰ってきて、蛇口を開くと当たり前の様に流れる水やボタンを押すだけのテレビを使うと申し訳ない気分でいっぱいになりました。あたり前では、なかったのです。この暮らしは。幸せで当たり前。命があって当たり前という考えから、日常を幸せに思い生活していくことが大切なんだと改めて思いました。

◆ 薩川 美咲さん(静岡英和女学院高等学校卒業生)

山岳地帯には学校がほとんどありません。子供達は辛くても親から離れ寮で生活しなければいけません。私が寮の前を通ったとき、小学生にもならないような子が自分の服を洗濯していました。しかし、洗い方を知らないのでしょう。ぐしゃぐしゃと洗い、ビチョビチョのまま一生懸命干していました。まだお母さんに甘えたい年頃の子が親と離れ寮で生活し、自分の身の周りの支度をしていると思うと胸が痛くなり、自分がどれだけ親に甘えていたか知らされました。

日本の子供たちがアジアの子供たちのために学校を作る「ワンコイン・プロジェクト」を通じて、人の役に立つこと、心が通じること、大切な事を学ぶことができました。

◆ S.I君(仙台市立広瀬小学校)

仙台市立広瀬小学校

ポンタン小学校との交流から本当にいろんなことを学びました。正直最初はあまり興味を持たなかったポンタン小学校との交流ですが、僕たちが小学校をつくったんだということがとてもうれしくて、ポンタン小学校との交流が楽しくなり、ついには卒業プロジェクトで自らポンタンプロジェクトに入ったほどでした。それに交流の中で「お金」という言葉を使いませんでした。ポンタン小のみんなからの手紙でも「広瀬小の皆さんのお金のお陰で」ではなく「広瀬小の皆さんのおかげで」と書いていたときには、ぼくたちはお金でつくったんじゃない、心でつくったんだということをポンタン小学校のみんなから逆に学びました。そしてポンタン小学校のみんなの笑顔には本当に感動しました。あの笑顔にぼくはすごくパワーをいただきました。ぼくは物よりも心ということを心に入れて、笑顔でこれから生きていきたいです。


◆ M.Yさん(仙台市立広瀬小学校)

「わたしもわかばの学習(総合)を通してポンタン小学校のともだちから多くのことを学びました。誰かが喜んでくれることがこんなにうれしいとは思っていませんでした。本当にありがとうと伝えたいです。
人の役に立つこと、誰かに喜んでもらうことがとても大切なことを学んだので、この経験を絶対忘れないようにしようと思います。そして、私も将来、だれかの役に立つような生き方をしたいです。私は一緒に成長していくラオスのともだちを忘れず感謝の気持ちをもって心に残して行きたいです。そしていつかポンタン小学校にいってそのことを思い出したいです。このことはずーっと忘れません。」

◆ A.K君(広瀬小学校)

ポンタン小学校は、僕たちはAEFAの人たちによって、きれいな学校になったけれど、前までのポンタンを思い出して、自分たちが快適に暮らしている今も、不便な生活をしている人がいると自分に言い聞かせて、毎日の生活に感謝したいです。

東舘小学校では、毎年、国際交流担当学年である4年生が中心となり、ラオスとの交流を進めてきました。文房具支援、楽器支援、そして、「食べるラー油」を手作りしてバザーで販売するなどの活動を続け、ワンコインスクール・プロジェクトにも参加してきました。
そうした取組の中で、東舘小学校の子どもたち自身に大きな気づきと発見があったことは、交流の素晴らしい成果だと感じました。

◆ S.Kさん(東舘小学校)

わたしは、「学校を作ってあげるのではなく、作りたいと思っている人を手伝いたい。」という言葉がとてもいいと思います。
それは、てつぼうも「できない。」と思うとできなくて、「できる。」と思ってれんしゅうしたら、できた。ということがあったからです。作れないとおもうと作れません。だから、谷川さんは「作りたい、作れる。」と思っている人を手伝うんだと思います。だから、私も、できるとしんじてがんばります。

◆ H.Kさん(東舘小学校)

「日本はまだまだだと思います。」勉強ができる平和な国なのに、ほとんどの人が勉強が「めんどうくさい、やりたくない。」といっているからです。ラオスの人たちは「ゆめがあって勉強がしたい。」と思っています。日本とは、まるでぎゃくです。わたしは、自分で書いていてもなさけないです。ラオスをみならって、がんばっていきたいと思います。